「建築はできてしまう」
この馬鹿みたいに当たり前な事実が、「建築」の初期設定をしているような学生時代には、まったく「当たり前」ではない。
だから、今回のような「学生実施コンペ」は特殊な響きを伴って受けとられる訳です。
学部での4年間、建築は現実には建ち現れないものです。当然ですが、どの設計課題も実際には建設されない。
そのような状況下で建築の能力を周囲のライバル達と切磋琢磨しながら築き上げて行くうちに「現実化されない建築」に適応、或は建築の世界はとてもコンペティティブな状況ですから、しばしば「最適化」してしまうものです。
その結果、建築人のデフォルト設定として、「現実化されない建築」が意識の中心に据えられてしまう。言い換えれば、現実化されなくとも評価される部分、つまり「概念としての建築」が「建築の本質」と取り違えられてしまう傾向が、特に日本の学生には少なからずある。これは本人にとっても、社会にとっても、悲劇だと言っていいでしょう。
そこで、今回のコンペのテーマは「1/1」です。
これは、1/1の現実世界そのものをデザインの対象とする、ということ。つまり「できてしまう建築」の設計です。
概念として面白いだけでは不十分。現実の世界が良きものとして立ち現れるか、否か、が問われています。
今回の最優秀と優秀の2作品は共に1/1の世界を作るという事に対して正面から向き合った作品です。馬場さんの優秀作はどのような素材がどのように組み上げられて排気ダクトはどこを通って、というような「モノの構築」としての1/1のリアリティが非常によく考えられていました。第二次のプレゼン審査での立ち居振る舞いからみても、良いモノが完成されるだろう事が確信され、高く評価されました。
澤田さんの最優秀作は、将来そこで行われることになる1/1の生活経験が作者の高い感度によって「空間の構成」にうまく転換されていました。長い時間を過ごすことになるアイランドキッチンを明るい南側のテラス際に配していること、そのアイランドの影をかわすように床高に設定された「寝間」を部屋の中心に配置して、広い/狭い、明るい/暗い、等と変化のあるシークエンスをワンルームの中に折り畳んでいることなど、豊かな生活経験への想定が図面から見て取れました。天王町という場所柄、都内の一人暮らし用アパート程度の家賃で、40m2程の面積を一人で占有できるという、空間的な余裕のある状況の可能性に気付き、それを最大限引き出そうと思考した事に勝因があったのかもしれません。
ただ、馬場さんとは違って空間構成を現実化する素材や工法等の構築的側面への意識の不足は否めないので、この面での成長は今後に期待したいところです。
その他にも多くの気になる提案がありましたが、たとえば原田賞となった林原孝樹さんの共用廊下から引き込まれた土間を持つ提案や、村上歩さんのテラスとリビングの中間的な空間を作り上げる案など、「1/1で実現する」という事実に対する責任と、それだからこそ得られる「質」に、正面から向き合った提案が高く評価されました。
「できてしまう建築」
この恐ろしくも大変に魅力的な事実と向き合う事で、みなさんの建築的デフォルト設定に何らかの良き変化が芽生えることを願っています。
原田真宏
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